洗礼式
洗礼式は、ふつう、主日(日曜日)に行ないます。
聖礼典は<洗礼(パプテスマ)と聖餐>の二つであって、主イエス・キリストによって制
定されました。また代々の教会において重んじられ、まことの教会のしるしの一つとさ
れてきました。聖礼典の司式者は御言葉の奉仕者に任命された者が司り、礼拝で執行さ
れています。
洗礼の意義は「キリストの死と復活にあずかるパフテスマ」と聖書にあるように、
私たちの「古い人」がキリストと共に死んで葬られ、キリストが死からよみがえられたように、
私たらもキリストの復活にあずかり、新しいいのちに生きられるものとされたしるしとして
受けるものです。
(1)洗礼式における契約は、聖書の教える唯一まことの神への信仰を表します。
(2)主イエス・キリストヘの信仰を告白します。自らの罪を認め、救い主イエス・キリストを信じ、
みことばと聖霊の導きに従って、主の弟子として生きることを表します。
(3)教会生活に対する約束です。教会の家族の一員として迎えられ共に礼拝し信仰と希望と愛の
交わりの中で、奉仕の道に生きることを表します。
(参照箇所)
マタイ28:19−20、ローマ6:3−11
「クリスチャン・ハンドブック」(日本福音キリスト教会連合)より、 「洗礼(パブテスマ)」については以下のとおりです。
パブテスマ
キリストは復活後、弟子たちに宣教の命令を与えられましたが、その
中でキリストの弟子となった者にはパブテスマを施すように命じられて
います(マタイ28:19)。キリストを自分の罪からの救い主として信じ受
け入れた者は、キリストにつぎ合わされます(ロ一マ6:5)。
こうして古い私たちはキリストとともに死に、キリストの復活とともに
私たちもまた、新しいいのちによみがえります。水によるパブテスマは、
このことを象徴的に表わすものです。信仰を持つということは、私たち
の心の内側の問題で、内的な決断によるものです。また神は私たちの
信仰の決断によって、救いの恵みを私たちに与えて下さいます。
パブテスマを受けるということによって、信仰を持ったということ、
すなわち古い自分が死んで、キリストとともに新しいいのちによみがえっ
たことを、神の前に、また人々の前に見える形で表わすのです
(使徒2:38、8:12、Tペテロ3:21)。
パブテスマには水でからだを洗うという意味があります。このことに
よって私たちの罪が、キリストの血によって洗われたということを示す
のです。ですから、わたしたち教会連合では普通、全身を水につけ、水
の中から立ち上がるという方法でパブテスマを行ないます。このような
パブテスマの方法を「全浸礼」と言います。このほかに教会によっては
頭の上に水をかける(あるいは水滴を垂らす)ことによって、罪が洗わ
れたことを象徴的に表わす「滴礼」という方法もあります。いずれにし
ても、父、子、御霊の三位一体の神の御名によってパブテスマを授ける
というところに重要な意味があります。